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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)4212号 判決 1957年12月24日

原告 中松硝子産業株式会社

被告 イーグルマホー瓶株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の申立

原告は、「被告は原告に対し別紙目録記載の不動産について所有権の移転登記手続をせよ。被告は原告に対し前項記載の不動産を明け渡せ。」との判決並びに第二項について仮執行の宣言を求めた。

被告は主文同旨の判決を求めた。

二  原告の事実主張

(一)  原告は、昭和三〇年一〇月一七日設立登記手続を了して成立した株式会社である。

(二)  別紙目録記載の不動産(本件不動産)はもと訴外中東広太の所有であつたが、同人の被告に対する金五〇〇万円の債務のため抵当に供されていたところ、同人が債務を弁済しないので昭和二六年八月被告から競売の申立を受け(大阪地方裁判所昭和二六年(ケ)第八二号)同二八年三月一〇日の競売期日に被告がこれを競落し、競落許可決定があつてその所有権を取得した。その後右競落許可決定に対し中東が即時抗告を提起し、これを却下されると更に最高裁判所に再抗告したので手続が延引していたが、昭和二八年一二月頃再抗告も却下され本件不動産について同月二三日被告名義に競落による所有権移転登記手続がなされた。

(三)  原告会社は前記中東の申出により本件不動産を利用して硝子器具製造等の営業をなすことを目的とし昭和二八年一月中旬頃から設立手続が始められていたのであるが、本件不動産が競売手続に附されたことを知つて驚き被告に交渉した結果、同年三月七日原告会社発起人総代長岡徳蔵と被告との間に要旨次の如き契約(甲第一号証の契約以下本件契約という)が成立した。

(1)  被告は昭和二八年三月一〇日の競売期日に本件不動産を競落すること。

(2)  被告は原告に対し本件不動産を売却すること。原告の代金債務の履行期は同年四月九日とする。

右契約は設立中の原告会社の代表機関たる発起人総代長岡徳蔵が「中松硝子産業株式会社代表取締役」名義をもつてした商法第一六八条第一項第六号所定の財産引受である。但し、もし履行期までに会社が成立しない場合は発起人において立替払をした上、移転登記手続に要する書類を受け取り会社設立後その名義にするか、又は一時発起人総代長岡名義に登記をなし会社設立後その名義に変更する予定であつた。

(四)  本件契約締結当時、原告会社の設立手続は定款を作成し発起人の署名を了した段階にあつた(財産引受に関する規定なく且つ認証は受けていなかつた)。

その後(二)記載の如く中東の抗告のため競売事件の完結が延引し契約が履行できなかつたので、設立手続も進行することができずにいたところ、昭和二八年一二月に被告が本件不動産の所有権を取得し登記手続を了したことを後になつて知つたので設立手続を完結することとなり、一部脱退した発起人を補充した上、昭和三〇年九月二七日本件契約締結当時の定款を一部変更した定款を作成し、翌二八日公証人の認証を受け、同年一〇月一三日財産引受の定について大阪地方裁判所の選任した検査役の調査を得て、同月一七日設立登記を了したのである。

右発起人の交替は次のとおりである。

当初の発起人 長岡徳蔵 藤賀春次郎 道風広一 宮崎勝次郎 長岡きく 中東広太 古場輝道 北松実 の八名

その後中東・古場・北松の三名脱退 新に 井上嘉直松 斎藤隆治の二名加入

右定款の変更は次のとおりである。

(1)  本件財産引受に関する規定を追加した(但し右追加は既に本件契約締結後昭和二八年三月中になしたものである)。

(2)  契約当時の定款では会社の発行する株式の総数二〇、〇〇〇株、設立に際して発行する株式の総数五、〇〇〇株と定めてあつたのを、それぞれ二、〇〇〇株、五〇〇株と変更した。

(3)  商法の改正に伴い新株引受権に関する定を削除した。

而して右の様な変更はあつたけれども、原告会社の発起人団体それ自体を解散した事実なく、契約当時の設立中の会社と設立後の現在の原告会社とは同一物である。

(五)  以上のとおりであるから、原告が設立登記を了して法人格を取得したことにより本件財産引受の効果は当然原告に帰属することとなり、原告は本件契約上の権利を取得したのであるしかるに被告は原告の再三の請求にも関らず履行しないので原告は被告に対し本件契約の履行として本件不動産の所有権移転登記手続並びにその明渡を求めるものである。

(六)  被告の抗弁事実は全て否認する。

昭和二八年四月八日(履行期の前日)原告代表者長岡徳蔵と被告との間に、中東の抗告のため期日に履行することは不可能であるから本件契約は競売手続完結の上履行する旨の了解が成立していたものであつて、その後原告は前記競売手続完結の事実を知るや被告に対し、仲介人を通じ又は内容証明郵便(昭和二九年一二月二〇日附その頃到達)をもつて履行を催告し、昭和三〇年四月一〇日及び七月二〇日には代金を提供して履行を求めているのであるから本件契約が失効するなどはあり得ない。

三  被告の事実主張

(一)  原告主張の(一)、(二)の事実および原告主張の日に「中松硝子産業株式会社代表取締役」と称する訴外長岡徳蔵と被告との間に本件契約の締結された事実は認める。

その余の原告主張事実は全て否認する。

(二)  原告は本件契約の当事者ではない。本件契約締結当時、認証を受けた会社定款は存在しなかつたし発起人による株式の引受もなかつたから、原告の前身として社会的に実在を認められる設立中の会社はまだ存在していなかつた。右契約の当事者は「中松硝子産業株式会社」なる名称で当時営業していた長岡・中東等の組合もしくは長岡個人である。仮りに当時会社の前身たり得る設立中の会社もしくは発起人団体が存在していたとしても、それはその後解散消滅しており、原告会社の前身ではない。原告の主張するところによつても、発起人発行株数の点においても全く様相を異にしており、原告会社とは同一性なきものである。原告会社設立のための発起人団体はその後新に結成された別個のものである。

(三)  本件契約はいわゆる財産引受契約ではない。会社の成立後に財産を譲り受ける旨の合意が契約中に包含されていない。本件契約は中松硝子産業株式会社という名称で、本件不動産を占有して営業していた買主(すなわち長岡、中東等の組合もしくは長岡個人)が本件不動産の買受代金の支払を怠つたときはたゞちに買主は本件不動産を明け渡し被告に引き渡すこと中東はこの明渡に異存のないことという明渡義務の設定が契約文言中の半ばを占めており、契約の主眼もこの点にあるのである。

(四)  仮りに本件契約が原告のための財産引受契約であるとしても被告は次のごとき抗弁を主張する。

(1)  被告は本件契約をなすに当り原告会社の未登記であることを知らず、実在するものと誤信して契約したのであつて、右は要素の錯誤であるから本件契約は無効である。

(2)  本件契約には、(イ)被告が三日後に迫る競売期日に本件不動産を競落すること、(ロ)昭和二八年四月九日までに所有権移転登記手続が完了すること、(ハ)同日までに原告より金五〇〇万円の支払がなされることの三重の停止条件が附されていたものであつて、右(イ)は成就したが(ロ)、(ハ)は訴外中東の競落許可決定に対する即時抗告の提起という妨害により不成就に確定したから本件不動産譲渡契約はついにその効力を生じないことに確定した。

(3)  仮りに停止条件附でないとすれば、本件契約は昭和二八年四月九日までに右(イ)、(ロ)、(ハ)の手続のいずれかが完了しないことをそれぞれ解除条件とするものであつた。而して(ロ)、(ハ)の各手続の右期日までの未完了という解除条件は成就したからそれにより本件契約は失効した。

(4)  仮りにそうでないとしても、本件契約には、履行期日までに代金の支払がなければ被告は不払の理由及び責任の所在を問うことなく且つ催告なしに直ちに契約を解除し得る旨の特約が附せられていたものである。而して四月九日の期日に原告より代金の支払がなかつたので、被告は翌一〇日原告に対し口頭で契約解除の意思表示をなし、更に昭和三〇年七月二〇日内容証明郵便(その頃到達)により同旨の意思表示をしたほか、他にも数度口頭で契約解除の意を通告している。右により本件契約は解除されたものである。

四  財産引受契約をめぐる法律上の主張

(1)  原告の主張

本来財産引受は、設立中の会社(権利能力なき社団)の機関たる発起人が会社の成立後一定の財産を有償取得することをその設立手続中に約することであるが、こゝに会社の成立後一定の財産を取得するというのは、本来設立中の会社は、権利能力なき社団であるから、そのまゝの状態においては現行法制上たゞちに財産を取得し得ない関係上こゝに窮余の観念処理として、会社の成立後において初めてその財産を会社に帰属せしめるという形式をとつたに過ぎないのであつて、理論的には設立中の会社自身が財産を譲り受けることである。しかも設立中の会社と設立後の会社とは、前生物と後生物との関係において同一性を欠かないのであるから、設立中の会社の機関たる発起人のなした財産取得行為の効果が成立後の会社に帰属するのはむしろ当然の結果であり、その間権利義務移転の問題を生ずる余地はないのである。したがつて財産引受行為は第三者のためにする契約ではない。また財産引受のオーソドツクスな形は、売買の予約または会社の成立を停止条件とする売買契約の形式をとるのが普通であるが、しかしそうした典型的な形式をとる場合のみとは限らない。要は設立中の会社の機関たる発起人が、形式の如何にかゝわらず実質上、設立中の会社(したがつてまた成立後の会社)のために一定の財産を有償取得することを第三者との間に約することである。故に設立中の会社の機関たる発起人が、成立後の会社のために形式上はみずから暫定的に一定の財産を取得保有し、会社設立後これを会社に帰属せしめるため、実質上会社のため第三者と財産取得契約を締結することもまた財産引受の一類型といわなければならない。この場合発起人個人の名義において一時会社の設立に至るまで財産を取得保有するのは、人格なき社団が人格を取得するに至るまでの間における一つの方便である。要は形式の問題ではなく実質上の問題であるから、右の形式をとつた場合でも、財産引受契約における会社に対する実質上の譲渡人は、契約当時における財産の所有者であつて、形式上の所有名義人たる発起人個人ではない。また財産の譲受人も発起人個人ではなく設立中の会社(人格取得後は成立後の会社)そのものである。財産引受に関する商法第一六八条第一項第六号の規定もまたこの実質的の立場において会社の利益を擁護するため発起人の行為を規制する趣旨において設けられたのである。

被告は本件財産引受契約は原告会社の定款作成前に締結されたのであるから財産引受としての効力を有しないと主張するがごとくであるが、このことは財産引受の意義を解しない主張であるといわなければならない。すなわち、財産引受は商法第一六八条第一項第六号により定款の相対的必要事項として、その譲渡財産・価格および譲渡人の氏名を記載しなければならないのであるから、定款の作成前にまず引受契約を締結し、その契約を基本として前記事項を定款に記載すべきであつて、定款の作成後に引受契約を締結するということはあり得べきことではない。したがつて会社設立の実務においても発起人となるべき者がまずもつて第三者と財産引受契約を締結しこの契約を基礎として定款に譲受財産・その価格および譲渡人の氏名を記載して定款を作成するのが実情である。故に財産引受契約締結の担当者は商法第一六六条第一項本文の「発起人」と同様、実質上の発起人(いゝかえれば発起人となるべき者)であつて、定款の署名により法律上の資格を取得した発起人を意味するものではない。すなわち、発起人とは通説によれば定款を作成してこれに署名することによりその資格を取得するのであつて、定款に署名前においては法律上発起人とはいゝ得ない筈であるが、商法第一六六条第一項本文においても「発起人ハ定款ヲ作リ 」とあつて、定款作成前にいわゆる実質上の発起人なるものを認め、これらの者に対し会社の基本的設立行為たる定款の作成権能を認めているのである。したがつて定款作成前の実質上の発起人に、会社のためにする財産引受契約を締結する権能があるとすることはなんら奇とするには当らない。

(2)  被告の主張

会社法にいう財産引受契約は会社成立を停止条件とする財産の譲受契約であつて、会社が設立されると同時に、契約上の権利義務が直ちに会社の権利義務となり、その間には権利義務の承継の観念すらこれを容れる余地のない性格のものである。然るに本件の契約にあつては(イ)契約当時有効な定款が存在せず(ロ)作成途上の定款には商法第一六八条の要求する記載がなく(ハ)契約履行の時までに会社が設立されなかつたのみならずその見通しすらないのであつて、原告の主張するところによれば、昭和二八年四月九日にもし代金の支払をなしたときは、発起人総代名義で所有権を保全しておくつもりであつたというのであるから、一旦長岡名義の財産となり、会社成立後それが会社に承継されるという事後設立的な関係になるのである。これが商法第一六八条第一項第六号にいう財産引受契約でないことは多言を要しないであろう。

原告は、オーソドツクスな財産引受と然らざる財産引受すなわち「方便」なる概念を持ち出して、本件の場合、長岡が一旦所有名義者になつても、実質上は、被告を譲渡人とする原告の財産引受であると主張しているが、経済上の議論ならばともかく、厳格な方式によつてのみ認められた商法上の財産引受に関する法律上の説明としては、これこそ窮余の方便といわなければならない。

会社設立のために必要な発起人の行為(財産引受行為は、本来は設立のための行為ではないけれども、法律は監督の必要上特にこれを社団形成行為と同一に扱つている)の効果は設立後の会社に帰属するわけであるが、この関係をどう説明するかについては説の分れるものはあるにせよ、かくの如き法現象が認められる所以は、結局、設立中の会社は設立された会社の前生もしくは胎児であつて、実質的には同一の社会的存在であること、および人間の胎児と異なり、法律上の人格を取得する以前においても、社会との法律的な接触面が多く、したがつてこれにある程度の社団的性格を認める必要があること、以上に帰着すると思われる。したがつてこれを逆にいえば、第一に設立中の会社は設立後の会社と実質において同一でなければならず、次にまた胎児としての骨格なり形態なりがある程度とゝのつていなければならない。そうでなければ前述の如き法現象は認めるに由ないのである。会社の胎児たる存在はいついかなる段階において認められるであろうか。有効なる定款が作成され、発起人が一株以上の株式を引き受けた時以後だというのが学界の定説である。それ以前は胎児以前の姿であつて、これを一個の社団として遇すべき社会的な必要はそもそもあり得ないのである。

原告は、財産引受契約は定款に記載しなければ効力を有しない、然るにそれを記載するためにはその前に契約がなければならないのではないか、現に実務上もそうやつているのだ無効云々は一知半解の書生論に過ぎないという如き口吻をもらされるのであるが、果してそうであろうか。なるほどこれは一見矛盾である。然しその矛盾は定款作成前の契約を一種の予備的な行為と理解することによつて無造作に解決できることなのである。原告は会社の設立を実際に発起する者を実質上の発起人とよぶのであるが、これには別段異論をはさむつもりはない。然し実質上の発起人たるに止まりまだ法律上発起人にならない者は、一方またその状態では会社の前生たる設立中の会社も存在しないことであるから、人格なき社団の機関たる資格において法律上拘束力を有する契約を締結することはできない。然し定款に記載さるべき引受契約の原型は多くの場合定款作成前に当事者間においてもほゞ形成されているに違いないし、これを文書の上で明確にしておくことはいろいろな意味で有利であるが故に、将来正式に財産引受契約を締結する前提として、相手方たる第三者と実質上の発起人との間で設立中の会社を一方の当事者とする如き形式の契約(設立中の会社はまだないのであるからあくまで形式だけである)を締結することは当然あり得るであろう。これはそのまゝでは契約としての効力がないけれども、設立中の会社たる社団が発足した暁、改めて定款記載の如き内容の契約を締結すれば、会社法上一点の欠くるところもないことになる。この二重の手間を省いてさきの予備的な契約を社団発足後に追認(正確にいえば追認ではない。行為当時本人が存在しなかつたのであるから弁解代理の法理は適用し得ないのである。アメリカ法でいう adoption とみるべきであろう。追認ではないから、契約当時に遡及せず adoption たる行為のあつたときから効力を生ずるものとなる)しても差し支えないであろうし、実務上も恐らくこの方途をえらぶであろうが、然しそれだからといつて定款作成前すなち社団発足前の予備的な契約が追認も何もされることなしに法律上有効だとはいゝ得ないのである。

五  立証

原告は、証人藤賀春次郎、榎本容山の各証言及び原告代表者の尋問の結果を援用し、甲一ないし三号証、同四号証の一、二を提出し、乙号各証の成立を認めた。

被告は、証人宮下立夫、山本啓三の各証言及び被告代表者の尋問の結果を援用し、乙一、二号証を提出し、甲一号証の成立は認める、甲二号証は公証部分のみ成立を認めその余の部分は不知、甲三、四号証は知らないと述べた。

理由

原告主張(一)、(二)の事実及び昭和二八年三月七日「中松硝子産業株式会社代表取締役」と称する長岡徳蔵と被告との間に本件契約の締結された事実(但し原告が契約当事者であるか否かの点を除く)は当事者間に争いがない。

原告は、本件契約が締結された当時、設立中の会社であつて、本件契約は発起人総代長岡徳蔵が原告のために締結した財産引受契約であると主張するので、まず原告がその当時設立中の会社として存在していたかどうかについて考えてみる。株式会社の設立手続は定款の作成に始まり、一般に、発起設立の場合はそれほどでもないが募集設立にあつては極めて、複雑な経過と長時日を要して、設立登記による会社の成立に至つて終了するのである。設立中の会社は、この将来生成発展して株式会社となるべき、その前生物として社会的には同一物であることを承認された権利能力なき社団であると理解される。この設立中の会社はいつから認められるかについては諸説が考えられるが、当裁判所は発起人が会社の組織活動の根本規則である定款を作成して公証人の認証を受け、(商法第一六六条、一六七条)、かつ各発起人が一株以上の株式引受(同法第一六九条)を了したときに設立中の会社の存在が認められるべきものと考える。なんとなれば、このときには将来の株式会社の組織は確定し、かつその人的および物的基礎の一部が定まるが故に、このときに将来完成すべき会社の前身が成立したものといつて差支がないからである。定款の作成によつて設立中の会社を肯定する説があるが、定款の作成だけでは、会社となるべきものの萠芽の設定、その設計図の完成があつたにすぎず、社員の全部はもちろんその一部さえも確定していないのであるから、いまだ社会的実在としての設立の中の会社を認めることはできないといわなければならない。(一方会社が設立に際し発行する株式の総数について引受があつたことをもつて、設立中の会社の肯定要件と見る説もあるが、会社申込人による株式の引受は、発起人による株式の引受が株式会社の設立行為たる合同行為であるのとその性質を異にし、既存の設立中の会社への入社契約であつて、設立中の会社の発展拡充の一過程であると認むべきである。この観点に立つときは、それはむしろ株式申込人による株式の引受前になお設立中の会社の存在を肯定すべき実際的必要と合理的根拠を提供するものといえよう。)ところで、本件契約締結当時原告会社の認証ある定款がまだ作成されていなかつたことは原告の自認するところであり、株式の引受については、これがなされていたとの主張立証なく、かえつて原告代表者の供述によると全く未了であつたことが明らかである。すなわち、本件においては原告主張どおりとしてもせいぜい認証なき定款の作成を見ていたにすぎないことに帰着する。株式会社設立に関する法規の一般的強行性、商法第一六七条の明文に照すときは、中松硝子産業株式会社の名称をもつて営業を行つているものがあつたにせよ、原告会社としては、本件契約の締結された当時においては、いまだその萠芽も明確な設計図も存在していなかつたものと結論せざるを得ない。したがつて原告の本訴請求はすでにこの点において失当というほかはない。

のみならず、本件不動産譲渡契約は停止条件が不成就に確定したことによりその効力を生じなかつたものである。成立に争いのない甲一号証、原告代表者の供述によつて成立の認められる甲四号証の一、証人榎本容山、藤賀春次郎、宮下立夫、山本啓三の各証言並びに原被告各代表者の尋問の結果を綜合すると、次のような事実を認めることができる。(一部の事実は争いない)。中東広太は自己所有の本件不動産を利用し中松硝子株式会社或は新中松硝子株式会社なる名称で硝子器具製造等の事業を営んでいたが、経営不振となり、昭和二七年末頃長岡徳蔵、藤賀春次郎等に出資を依頼した結果同人等が発起人となり会社を設立して中東の事業を承継することとなつた。これより先、中東は被告に五〇〇万円の債務を負担しその担保として本件不動産に根抵当権を設定していたが、債務の弁済がないため、被告は昭和二六年八月競売手続の開始を申し立てた。調停の結果昭和二七年末までは競売しないことになつたが、結局弁済ができなかつたので手続が進められ、競売期日を昭和二八年三月一〇日と定められた。会社設立を企図しつつ他方すでに本件不動産で営業中であつた長岡等はこれに困惑し、榎本容山、安田源次郎を通じて示談解決のため被告に交渉した結果本件契約が締結されるに至つた。右契約に際して原告は前記中東の債務の利息として、八九、七〇〇円を被告に支払つた。また、裁判所より示された最低競売価格は二三〇万円位であつたが中東に対する債権額が五〇〇万円であつたので、同額をもつて入札することとし、本件売買の代価も同額の五〇〇万円とされた。

以上の事実が認められ、これを左右する証拠はない。右認定の事実と甲一号証(本件契約書の内容)文言等を併せて考えてみると本件契約は本件不動産の売買というよりはむしろ前記中東の被告に対する債務関係解決という点に主眼のあつたものであり、被告としては従来の経緯からしても新たに定められた競売期日を更に延期することはできず、この機会に右関係を清算したいのであるが、本件不動産を特に必要とするものではないから、現に本件不動産で事業を経営している長岡等が右債務金額を支払うならば双方にとつて利益であるとし、競売期日には被告が競落し、それから一ケ月の猶予を与えて、もし昭和二八年四月九日までに長岡等が被告に対し五〇〇万円を支払えば被告は本件不動産を長岡等に譲渡し、またもし支払のないときは本件不動産は確定的に被告の所有に帰しこれを使用して営業中の長岡、中東等はたゞちに使用部分を明け渡す旨契約し、もつていずれにしても右四月九日には前記債務関係及びその抵当物件としての本件不動産の処理を一切解決することとしたものであることおよび本件不動産の譲渡契約は右期日までに被告に対し五〇〇万円が支払われることを停止条件としたものであると認められるのである。原告は競売手続完結まで右期日を延期する旨の了解が成立したと主張するが、右主張に副う唯一の証拠である原告代表者の供述部分は証人山本の証言被告代表者の供述と対比して容易に信用できないから、右主張は採用できず期日はやはり昭和二八年四月九日であつたと見るべきところ、同日までに五〇〇万円の支払のなかつたことは原告が自ら認めているのであるから、これによつて前示停止条件は不成就に確定し、本件不動産の譲渡契約はその効力を生ずる由なきことになつたものといわなければならないのである。したがつて本件契約が効力を有するとしてその履行を求める原告の本訴請求は、この点においても失当である。

よつて原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 小西勝 河合伸一)

目録

一、大阪市城東区蒲生町四丁目二六番地

宅地 二一二坪二合三勺

一、大阪市城東区蒲生町四丁目二五番地、二六番地上

家屋番号 同町第四五七番

木造瓦葺二階建倉庫

建坪 九四坪五合

二階坪 八四坪

木造瓦葺二階建工場

建坪 五五坪

二階坪 五〇坪

木造瓦葺平屋建車庫

建坪 一六坪

一、大阪市城東区蒲生町四丁目二八九番地、二九〇番地、二九六番地上

家屋番号 同町第四五九番

木造瓦葺平屋建寄宿舎

建坪 一三坪七合八勺

木造スレート葺二階建工場

建坪 二五坪八合七勺

二階坪 二五坪八合七勺

一、大阪市城東区蒲生町四丁目二九〇番地上

家屋番号同町第四二三番

木造瓦葺平家建居宅

建坪 四三坪五合

スレート葺二階建工場

建坪 四七坪四勺

二階坪 四五坪六合四勺

木造スレート葺二階建寄宿舎

建坪 二七坪三合

二階坪 二六坪五合

木造瓦葺二階建事務所

建坪 三一坪三合

二階坪 二六坪一合八勺

一、大阪市城東区蒲生町四丁目二九〇番地

家屋番号 同町第四四九番

木造スレート葺平家建物置

建坪 二〇坪八合

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